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262.自己中心的な人と付き合うための方法

東洋の理想の在り方として、自我(一般的には自分と言って良いもの、殻)はそれを改善するのでなく無くすようにすることが一つとして挙げられ、守護霊の方々の自我は私の眼には映ったことがないということを前回書きましたが、スペースラブのサイト内のスピリチュアルエンジェルヒーリングについての説明のところでご紹介しています魔女の方についてはその自我は映るということにもその後気づきました。

この魔女の方についてはその愛のレベルもまた素晴らしく、自我を持って生きる時にはそれを最善の状態にしたり高めて行くということが必要不可欠で大事なことであると、彼女を見ていると改めて思わされます。

また自分というものは面白いもので、見方によって様々な解釈や表現になりますね。

最も広い解釈を行うとすると宇宙や神と一体になっているもののことになると思いますし、最も狭い解釈の自分とは一般に自我と言われるもののことを言うと思いますが、今回のテーマの自己中心的な人の自己とは100%その”自我”を指すものです。

少なくともスピリットとしての自己としての自己であれば、今号の例の方のように、どのように付き合って行けば良いか悩まされたり上手く行く答を探す必要性が生じたり、、といったことにはなりませんし、多少なりともであっても批判的な目を向けられるというものでもありませんね。今号では、文中の自己中心的な人の自己とは自我といういわば殻のこととして書いているとご理解ください。

§ 愛を持って関わること §

自己中心的な人とのお付き合いに悩んでいらっしゃるある方が、自己中心的と思う相手のことについて、例えばお二人にとってよく似た出来事が生じた時にも、ご自身のケースとその方のケースとでは全く違った風にお話しなさったり、相手のためにと思ってしてあげたことにも、相手はしてもらったと認めないのか忘れてしまうのかで、相談者に対する感謝の気持ちを感じられないことなどを仰っていましたが、物事を量ったり判断する際に使う量りについては、自分に適用する時と他者に適用する時では別の量りを使っているかのように異なる判断基準を使うということがあると思いますけれども、自己中心的な人の場合では、自分(のこと)を量る時には他者について測る時よりも甘く量るとか都合をより良いものにするということがあるのでしょうね。

今回の例の相談者は、今ではもうその自己中心的と思う相手とは距離を置きたいと思っていらっしゃるそうですが、自己中心的に生きると関わりのある人々から愛されなくなり、困ることになったり寂しい思いをすることになったりするのでしょうし、時には嫌われたりもするものですね。相談者の方も、出来ることならもっとお互いに幸福な関係を築ければ、、と思っていらしたようでしたので、そういった気持ちや意志があったことをお聞きすると本当に残念な結果になってしまったと思います。

今回の例の方のケースでは行き違いまで生じてしまい、結果としてもとても残念なことになってしまっているのですが、こういった自己中心的な人とのお付き合いはどのようにすると良いかということについては、やはり自己中心的な人のためになるように意識して考え、愛を持って関わるようにするといった側面があります。

自己中心的な相手とそうではない方々とは状況なども違っていることは多いと思いますが、やはりそうではない方々に対する時と同じように愛を持って関わるということ~例えば親切にする、優しく接する、困っていらっしゃる時には助けるなど~が一つの最良の方法としてあると思いますし、また愛を持って関わるようにすることで結局は自分のためにもなったり、次の項目で書きます魔女の方のケースのように問題やトラブルが生じにくくなるということが言えると思います。

§ 自我の改善や向上の効果について~魔女の方のケース~ §

今回の例の相談者の方と自己中心的な相手との関係性は現在のところ修復される可能性のあまり無いものになっていますが、冒頭で書きましたように、自己中心的の自己とは自我を指し示すものですけれども、そういった自我という殻のようなものを持って生きて行こうとするとしたなら、自分のスピリットから流れ出て来る意識やエネルギーが自我を介して現れるということもありますので、問題が一つも生じないように、また幸福な出来事だけが実現するように最善の状態にするとかそういったレベルにまで高めるということが大事と思います。

スピリチュアルエンジェルヒーリングのページでご紹介しています魔女の方であると、先ほども書きましたようにやはり自我というものを持っていらっしゃる方のようなのですが、彼女の場合は例えばその愛のレベルも素晴らしく、強いて表現してみるとすると思い出すだけで有り難さや嬉しさを感じ、涙が出て来てしまうような方でいらっしゃいます。

彼女は自我を改善したり向上させたりしてそのような状態になられたのだと思いますが、この魔女の方のように自我を改善して向上させると愛のレベルも素晴らしくなりますし、問題が生じるどころかプラスのものしか生じさせることはないのではないかと思えるくらいに優れた状態になることも出来ます。

愛のレベルが素晴らしく優れていると、今回の例の方のケースのようには関わる相手との間に残念な結果が実るということが無くなりますので、自我を持って生きる際にはそれを改善し向上させて行くということが大切になってくると言えます。

§ ”自我”とよく似たところの”人格”について §

スピリットとその表現や実現という観点から見ると、自我については、自分のスピリットがそれを介して現れることもあるというものですが、それと似たところの”人格”については自我より人格の方がもっと構造的な感じがしますし、システマティックな働きをするものに思います。そして人格を通しての方がスピリットが形となって顕れる機会やスピリットの意識や願いなどが表現なされようとする機会は多いと思います。

誕生した時からそしてまたもっと長い目で見ると前世からも形成されてきたその人の人格の中には、自分のスピリットを100%プラスに表現することが何らかの理由から出来なかった時に仮に作られるようにしてとか失敗から守るようにして形成されたいわば失敗例として見なすということもあるようですが、考えてみますと確かに自分のスピリットから流れ出て来る意識や願いを実現しようとする時に、創造し実現するための非常に良く機能するシステムを構築しあるいはまたは構築がなされて、それが上手く完全に機能して稼働することによって望み通りの結果を生じさせるということは常に起きていることと思いますが、それは人格が持つ「あるものを稼働するために構造的に作られたシステム」というものとは違っていますし、人格はそれ自体があるものを稼働するために構造的に形成されたシステムであるため、まずはただ存在する自我よりもスピリットの意識や願いが表現なされる時に使われることが圧倒的に多いのだと思います。

(特には失敗例としての)人格と対比させてみると、自分のスピリットを100%プラスに表現する時に働く時のシステムは完全で万全なものですし~時には完全で万全に近いと言えるものになると思いますが~、人格よりはもっと良い意味で柔軟なのものでしょうから、同じようにシステムではあっても人格のようにある種既に固定されたものとして形成されてはいないものでもありますので、一見したところ似ているようでも違いがあり、そこから実る結果や成果も時には全く違ったものになるのでしょうね。

§ 国家のケース・・・今も中華思想の影響が及ぶ中国とのより良い関わり方について §

今回のテーマへお話を戻しますと、自己中心的な人とのお付き合いということですので、中華思想を持つ中国のことについてや日本などの他国がどのようにお付き合いをして行くと良いかについても書いてみると良いのではと思いましたので、良き参考例ともなるかもしれませんので、ここからはそのことについても書いてみようと思います。

現代中国では、それがどれ位の(多)方面にかは正確には分かりませんが今も尚”中華思想”という中国が宇宙の中心であり、中国の文化・思想が神聖なものであると自負し、漢民族と異なる周辺の異民族を文化程度の低い禽獣として卑しむ考え方の影響が及んでいるようですが、東洋での一つの理想の在り方としての「自我(一般には自分と見なされるもの)は無くすようにするということとも関連することで、中国には陰陽思想で使用されている見方や考え方のように、二つのものがあって初めて世界が成り立つといった(二つの)存在が相補しているという風な世界観がもともと在ります。そのことは例えば男性と女性についても当てはまるそうで、男性と女性が相補するように存在し、またその二つの存在が同時に存在しているのが世界であり、そうあることで初めて一つのまとまった存在となれるといった風な見方をなさるようなのですが、ここではやはり自分というものは無い~男性も女性も自分一人だけでは世界も成り立たないし、相手が居ないと構築することも無いということになっていますので~とか無くても良いかのような世界観になっているように思います。そしてそういった思想による見方や考え方は特に主に中国の国内の人々や物事にのみ適用され、自分というものは無いとか無くても良いかのような見方から国家がこれまでにも形成されてきたと思いますが、そのようにしながら一つのまとまった世界(国)となった中国が今度は他国と相対する時になると、偶然にも今回の相談者の方が仰っていらした内容と同じように自国と他国では異なる基準を使うようにして、そのようにして一つとなっている国家なのだからということでもそうなって行ったのでしょうか、国としての中国は今度は自分というものを明確に持ち、自分(中国という国家)は世界の中心であり他国はそれ以下の存在という見方を取って他国と関わったりいろいろなことへ対処もしていらっしゃる状況やケースがとても多くなっていると思います。

中国ではそのように国内についての時と対外の時では全く違った見方や考え方が基になっているということなのですが、国内では自分は無いというような見方を適用しておられるのですけれども、男性と女性といった異なる存在が同時にそこに在ることで一つの世界と見なされるようになる中国という国家としての存在は自分というものを持つといった風で、国内では、自己中心どころか自分は基本的に無いようなものとなっているというところは、そうでない考え方や基準によって応対されてきた他国の人々からすると意外な感じがするものとなっています。

東洋内のその中でも東アジアでは、例えばこの日本のことを言うと、自分を無くす時は心頭滅却的な心や頭を無くす風な伝統があると思いますが~日本では心や頭を自分とみなす思想があるようですね~、中国では、国内では心や頭だけではなくもっと人の存在全体自体がそれとは異なる(対立もする存在同士らしいのですが)存在があることで初めて一つの世界が出来上がるといったような無くし方が見られるのですが、そういった点については同じ東洋圏や東アジアの国であっても、その国々によって自分の無くし方は少しずつ違っているようです。そしてまた西洋圏の東洋圏のこのような状況に対することとしては、ブログにも書いていますように、西洋圏ではいつも自分というものは持っているようになさいますので、たとえ謙虚になった時であっても謙虚になって垂れる頭はある~この頭は”自分”と繋がるもの~ということになり、東洋とは事情が全く違うようになっています。

それではここからまた中国のことにお話を戻しますが、古来より陰陽思想も含め優れた思想を背景として持つ中国ですが、その特徴として、思想の持つ生き方には”動き”を感じられる物事も非常に多く、状況によって例えば控え目にするとか積極的に動くというような何をどのようにするにしても動きというものを主軸に置きながら決めるべきことを決めたり捉える傾向があるようですし~西洋圏でよく見られます”行動を重んじる”ということとは違います~、他の面では、中国の方々も日常生活では普通に謝罪もなさっていることと思いますが、思想の持つ対応には根本的に謝るという発想が非常に少ないように見受けられるところが目に付くようにしてあると思います。自分というものは持たなくても、ある種自分がいて初めて一つの世界が出来上がるという見方からは、何かあった時に謝罪するという対応は良い意味でも思いつかないような対極的な対応ということになるのかもしれませんね。

また世界や他国に関しては自分中心となりますので、思想や考え方的には外圧は基本的にあまり関係の無い国なのですが、むしろそういった外部の影響よりも自分は無くても良いかのような見方によって生じる内圧の影響として、非常な我慢を強いられるとか強いられている様子があるということも特徴の一つとして見られます。自分を無いかのように捉えられていると、日本などでは考えられないほどの我慢を行う必要性が生じたり、我慢を強いられているようにどうしても感じられるといった事態が生じるところがあり、そういった点はとても心配となるものと思いますし、その我慢の発生と”動き”を主軸に置いた対応を行うこととが組み合わさると、例えば横たわっている時と起きている時では熱の上昇の程度が違いますが、動いている内に何か良くないことがあって熱が下降する場合もあると思いますが、そういったような熱の上昇や下降に関しては日本と比較すると激しいものでしょうし、より著しい差が生じる国と思いますけれども、異なる二つの存在がいて初めて世界が成り立ち、自分を無いかのように捉えると日本などでは考えられないほどの我慢を行う必要性が生じ、それが熱のより著しい上昇と組み合わさるとそのことへ対処する必要性が強く生じるということは確かに考えられることで、それでこれまでも国内に生じた我慢と熱の多量の発生からも導き出される不穏なマグマを解消するために日本や他国を批判したりもして来られているのでしょうね。

しかしここでまた違った視点から見ると、そもそもが中華思想の影響の及んでいなかった人々や分野では、陰陽思想での見方や考え方が他国や日本とのことについても適用されているというところも昔からあったのではないかと思うのですけれども、、ここのところ中国との関係性が不穏な状況へ変わって行っていたということがありましたが、今回も問題が大きなトラブルへ発展し(そうになっ)たのも、日本が中国に対して強く攻撃的な対応を行うようになってから~あるいは中国によってそういった判断がなされてから~中国側も攻撃的な対応をなさるようになって行ったということでしたので、「日本のことはお互いに無くてはならない存在ではないかとある部分で思っているのに」といったような、それが中国側の一方的な考えや見方ではあるとしてもそのように信頼などの良いものを裏切られたという中国側の内的な状況によるところもあったのではないかと思います。そうだとするとそのことを理解することによって、日本側の対応としても両国の関係性や方向性をまたより良く幸福な方向へと向かわせることの出来る対応が今後は出来るのではないかと思われますね。

ここまで書いてみますと自己中心的ということだけには収まりきれない中国についてのお話になったと思いますが、こういった思想や背景を持っていらっしゃるような中国と日本の良いお付き合いの方法としては、潜在的にも発する熱が日本より高い国であることや内圧ではあっても日本には生じない類の我慢を強いられることのある国であること、そして陰陽思想などの優れた思想を背景にしながら対外的には自分中心で応対していらっしゃるということを踏まえて関わるようにするとより良い理解に基づいてより望ましい判断や行動が取れるようになって行けるのではないかと思います。お互いにかもしれませんがよく理解することによって双方が共に感謝の気持ちで関わることの出来るような関係を構築して行ったり幸福な結果を実らせることが出来るようになれれば本当に素晴らしいことですね。

陰陽思想などの思想による見方や考え方は、特に主に国内の人々や物事に適用されるようになっていることを書きましたが、日本や他国にとっての幸福についても想像的に考えてみますと、異なる存在が揃って初めて一つの(幸福なとか完全な)世界となるという思想を、自国のことにだけでなく他国についてももっとそのようにして見て下さるようになるといった変容が生じたとしたなら、中国との関係性はより幸福なものへ改善されたり良くなって行くことも多くありそうに思われますし、条件が整えばということになるのかもしれませんが双方にとって無くてはならないような幸福で完全な関係を構築することも出来るようにもなれるかもしれないと期待されます。

それから、そういった中国の変容や成長に関することでは、陰陽思想などの思想によるそういった見方や考え方が特に主に国内の人々や物事に適用されてきたとしてもそこのところを変えて、世界に相対する時にももっと使うようになって行かれましたらそれはまた新しい地平が開けて来るという可能性が当然のこととしてあると思います。

“動き”ということから入ると分かりやすい国かと思いますので、動きを持つこととは少し異なりますがやはり動きの要素もある(改善や変容のための)方法として、ゆったりすることと共通している類の方法ですが”ふんわりとしてみる”ということが、お勧めしたいとても良い方法と思います。日本ほどスピリチュアルになれない国ということから日本ほどには何事も上昇することが出来なかった国と思いますけれども、ふんわりとしてると重みがかからなくなるようにして上昇もよりしやすくなり、今までであれば上昇出来なかった分野なども内容がより高度な状態へと変わって行ったり、どう努力を行っても上昇することが出来なかったところへも上がれるようになるのではないかと思います。今まででは叶わなかった位やレベルへも上昇なさり、上から見渡してみるということも良いことではないかと思います。上から見るといろいろな事象もよく見えたりこれまでなら分からなかったこともはっきりと見えるということがありますので。

そして子育てという面に関してでは、中国の親御さんは子供をあまりかあるいは他国と比較して叱らないということなのですが、その点についてはお子さんを叱るしまた叱ることの出来る他国の親とは違っていると思います。子供を叱らないと言うと何かひどい結果となりそうにも思えますが、中国でも子供たちがひどい人間へ育っているとも全く思えませんので、やはりものの見方がもともと違っているからということなのだと思います。

この子供を叱らないということには謝るといった発想が少ないことも関係しているように思いますが、先ほど書きました方法としてふんわりとするようにしていると今まで出来なかったレベルへ上昇することが出来るようになると思いますので、子育てをなさる時にも叱るべきところを察知しやすくなるようにも思います。見方がもともと違っているということもあるとは思いますが別にもっと叱っても良いと思いますし、そういった方向へ向かってより根本的な変化が実現しますと国家としてもより幸福が実現出来る新しい方向へも変われるかもしれないとも思います。

また最後に、スピリチュアルにはなりきれないということもあって思想背景から生じる我慢とそこから生じる不穏なマグマなどの困った問題が生じた時には、自分たちには思いも寄らなかったような方法で対処するようになさると中国にとってはより良い結果を実らせることが出来るようになったり、より幸福になれる道も開けていくことと思われます。この対処方法は論理的なものでもないためでしょうか、先ほど書きました「ふんわりとしていることが良い」という改善方法とどこか似通っていて望ましい結果を創造することが出来る方法であると思います。

§ 遠隔ヒーリング特別コースの新設回コースについて §

スペースラブの遠隔ヒーリングには通常コースと特別コースの二つのコースがありますが、その内の特別コースの方に14回という日数のコースを新たに付け加えることになりました。

先月の20日前後のことですが、私のヒーリングエネルギーが出る方の右の手のひらに直径2センチ弱の丸い印のような形が見えるようになり、その後から以前と比較してよりヒーリングエネルギーが流れるようになり、その数日後には排出されるべきエネルギーが出て行く方の手の左の手のひらにも同じように印のような形が現れました。※左手の方の丸い印はすぐに見えなくなり今ではよく分からなくなっています。

右の手のひらに現れましたこういった印によって最終的にどのようなことになるのかまだ全貌がよく分かりませんけれども、その直後からヒーリングエネルギーがより強くなったと思いましたので、このことをどこかに活かせないかと思い、遠隔ヒーリングの特別コースに下調べ無しでお申し込み者用のアファメーションを個別に作成し、遠隔ヒーリングも行わせていただくという10回コースというコースがありますが、それに付け加えるようにして14回という日数のコースを新設してみてはどうかと思いましたので、特別コースの遠隔ヒーリング14回を250,000円(下調べ無しのアファメーション込みの価格)で行わせていただくことにしました。

現在ではサイトからもお申し込みが出来るようになっておりますので、こちらの方のお申し込みもお待ちしております。